cups

娘が幼い時に読んだ絵本、
『おやすみなさいのほん』は、夜になると皆、
「自分の場所」で眠りにつくというおはなしだが、
その中にこんな箇所があった。

じどうしゃや とらっくや
ひこうきも
おうちに はいります
じどうしゃの おうちは がれーじです
ひこうきの おうちは かくのうこです
どの えんじんも とまります

しずかな えんじん

とりたち、さかなたち、けものたち、
と紹介された後に現れるこのページは、
生命あるものも、そうでないものも皆ひとしく
「それぞれの場所で眠りにつく」という発想が、
とても新鮮に思えたものだった。

たまにしか使わない器も、毎日使うご飯茶椀も、
私の家では食器棚の中に、ちゃんと場所を持っているが、
家族3人それぞれの専用カップは、その扉の中にしまわれることがない。

シンクの前に立った時にすぐに目に入る、出窓前の簡易棚
(ザルを置いたり、洗ったビンを乾かしたり‥)に
いつでも、置かれたままになっている。
「はたらきもの」という言い方もできるし、
私たちがズボラな性格だからという見方もあるが、
一番の理由は、手にとる機会が多いいので、
使い終わるたびに、いちいちしまっていられないということだ。

私の愛用のカップは、小ぶりの粉引の陶器、中本理詠さん作。
夫のはたっぷりサイズで、しのぎ模様がはいった、加藤仁志さん作。
娘は淡い黄色ですっきりしたフォルム、萩原千春さん作、を使っている。

朝起きて、まず私は白湯を飲む。
今の季節なら、そのあとに、梅シロップを3つのカップに注ぎいれ、
水割りを作っておく。
起きてきた家族がそれを飲む
(レモネードの時もあるし、寒い時期なら、
柚子や金柑ハチミツのお湯割りになることも)。

朝食の時には、緑茶を飲み、
夫と2人の昼食の後には、コーヒーをそれぞれのカップで。

お風呂の後や、眠る前には水を飲む。
私のカップは小さいので、何杯も水を飲む。
夫のカップには豆乳が入っていることもあるし、
娘のカップは(20歳過ぎた今でも)麦茶か牛乳が定番だ。

愛用のカップを前にして、カップにとって、
大切なことはなんだろうと考えてみる。

飲みものがこぼれないということ。
重すぎないということ。
壊れにくいということ。
口あたりがよいということ。
見た目の好ましさも、愛らしさもきっと大事な要素になる。

3つのカップは、作者も、
私たちひとりひとりの手元に来た経緯も違うけれど、
共通しているのは機能面の確かさはもとより、
「手にとってみたい」ものであるということだろう。

私たちは目に見えないもの‥気持ちや記憶など‥
に直接さわることができない。
だから、目に見え、触れることができる「何か」に託し、
そのものを慈しむ。
それは一緒に読んだ本だったり、気にいっているシャツだったり、
愛用の鞄だったり、指輪だったり、もちろんカップだったり。
嬉しい気持ちも、忘れたくない想い出も、
自分の手で直接握りしめることはできないけれど、
カップを包み、満たされたカップを通して、
熱さや冷たさを感じ取ることはできる。

たとえば朝。
飲みたいもの、体が欲しいと感じているものの中に、
一日の穏やかさを願う気持ちが、入ってはいないだろうか。

たとえば夕暮れ。
いつでも心を温めてくれる想い出が、
風の匂いとともに、カップの中でゆらゆらと動いてはいないだろうか。

そうして、私たちは、目に見えないそんな想いを、
ゆっくりと体の中に入れていく。

夜中に目覚め、薄暗がりの中で、冷たい水を喉へおくる。
見えないけれど、確かにあるもの。眠らない、私のカップ。

*『おやすみなさいのほん』マーガレット・ワイズブラウン 文
ジャン・シャロー 絵   いしい ももこ 訳

文 水谷英与
写真 水谷芳也

+++

『私たちは目に見えないもの‥気持ちや記憶など‥
に直接さわることができない。
だから、目に見え、触れることができる「何か」に託し、
そのものを慈しむ』

触れられるもの、触れることができないもの。
「何か」が、誰かの「手の仕事」であること、
もあるということ。

『嬉しい気持ちも、忘れたくない想い出も、
自分の手で直接握りしめることはできないけれど、
カップを包み、満たされたカップを通して、
熱さや冷たさを感じ取ることはできる』

読みながら、じんわり切ない気持ちになってきたのは、
私だけでしょうか。
カップを包む、というささやかな所作にも、
広く深い想いが広がっていくのですね。

:::

ご寄稿くださった水谷英与さん、ありがとうございます。
水谷さんは、ご夫婦でオリジナルのTシャツを制作販売されています。
クールなイラストがシルクスクリーンで一点ずつ刷られています。
ヒナタノオトスタッフやそのつれあいも愛用中。
10周年記念の新柄も出たようですので、ぜひご覧ください。
→ BOOTS&STICKS
(ブログの超こだわり記事や、ランチの記録などが、超絶おもしろいです!)